国宝 元興寺極楽坊本堂 (奈良市)


元興寺極楽坊(真言律宗)
本堂
国宝
1244年(寛元02年)

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(歴史)

元興寺の前身は6世紀末蘇我馬子によって開かれたという法興寺(飛鳥寺)だったが、平城遷都の際に 今の地に移転され、『元興寺』という寺名に改められた。 かつては南都七大寺の一つとして大きな勢力を 誇り、現在『ならまち』と通称されている南北4町(約440メートル)、東西2町(約220メートル)と南北に細長い地区の 大部分が、元興寺の境内だった。
 平安時代の半ば以降はその勢力も衰えていったが、現存する元興寺極楽坊境内は、かつての元興寺僧坊の一部だった場所で、鎌倉時代に極楽堂(本堂)と禅室に改築された。
 本堂(極楽堂)は、1244年、旧僧坊の東端部分を寄棟造、本瓦葺六間四面の聖堂に改造されたものであり、僧坊の一室(極楽坊)の身舎部を内陣とし、東妻を正面として前面向拝とした鎌倉時代新和様の建造物である。
 大多数の仏教堂塔は正面柱間を3間、5間などの奇数とし、正面中央に柱が来ないようにするのが普通であるが、元興寺本堂は、正面柱間を 偶数の6間とし、柱が中央に立っている点が非常に珍しいという。


実験的企画 国宝建築評価チャート図

国宝建築の能力値をサイト管理人が独断と偏見で点数化

(※)評価基準

○歴史 建造物の建立された年代の古さを点数化したもの。
 飛鳥時代以前(20点)、奈良時代(19点)、平安時代(18点)、 鎌倉時代(17点)、南北朝時代(16点)、室町時代(15点)、戦国時代(14点)、安土桃山時代(13点)、江戸時代前期(12点)、 江戸時代後期(10点)、明治時代(8点)、大正時代(6点)、昭和時代前期(5点)、昭和時代後期(3点)、 平成時代以降(1点)

○迫力 建造物の巨大さ、あるいは見た目の迫力を点数化したもの。

○美しさ 見た目の美しさを点数化。

○希少性 その意匠や形式などが同じ分類である建造物の現存例の少なさを点数化。

○おすすめ度 管理人のおすすめ度を点数化。主に観光満足度、その他、インパクトなどを重視。

以上はすべて、正式なものではなく、管理人の独断と偏見による評価である。


(国宝建造物訪問日記)

この本堂は、鎌倉時代に建造されたものとされるが、元々あった僧房を改造したものなので、実質は禅室同様、 もっと古い建造物だといえる。
 しかも、その行基葺屋根の瓦の中には、飛鳥時代のものも含まれているそうだ。
 もともとは現在の『ならまち』と呼ばれる区画の大部分を境内に持ち、南都七大寺の1つに数えられたこの 元興寺だが、現在はならまちの一角に小ぢんまりとたたずんでいる印象である。
 しかしその狭い境内に、奈良時代建造の五重小塔や、日本一古い瓦や木材が使用されている禅室、そしてこの本堂という、 大寺院顔負けの貴重な建造物の数々がさりげなく存在しているあたりは、いかにも奈良の寺院といった印象だった。


初回訪問日&撮影日 2012年07月22日

(※国宝建造物撮影ポイント)

外観は自由に撮影可能


本堂(国宝)

極楽坊及び禅室の屋根には、飛鳥時代創建の「法興寺」
の屋根に載せていた瓦も混じっているという。

五重小塔(国宝)

禅室(国宝)
アクセス
近鉄奈良駅から徒歩15分
バス「福智院町」下車、徒歩5分

駐車場 有

仏塔巡礼ドライブ難易度(★★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

仏塔巡礼おすすめアクセス方法
どのアクセスでも問題ない。

住所
奈良市中院町11


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