日本100名城 075番 萩城(指月城) 山口県萩市堀内字旧城1−1


内堀と天守台


天守台

日本100名城 075番
萩城(指月城)
文化財史跡区分(国指定史跡、国選定重要伝統的建造物群保存地区)

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(歴史)

関ヶ原の戦いで敗戦した毛利輝元は広島城を失った。 そこで輝元は新たな居城として防府、山口、萩の三か所を候補地として 徳川幕府の意向を伺い、萩指月山麓に築城することになった。  慶長9年(1604)に指月山の山頂の詰丸から工事が始まり、慶長13年(1608)に完成。 これより文久3年(1863)、 第13代藩主敬親が幕府を山口に移転するまでの260年間、藩の政治の中心地だった。  明治7年天守閣と居館は解体される。

萩城は、平山城の形式に属し、阿武川デルタの根元を横断し外堀とし、その外を城下町とし内を城郭とした。  外堀のうちに三の丸を置き、中堀を掘って二の丸を設け、二の丸の内側に内堀をめぐらして本丸を指月山麓に構えた。  さらに指月山頂には詰丸を設けている。


(100名城訪問日記)


訪問日&撮影日 2020年02月02日

(※百名城スタンプ設置場所)
本丸入口料金所

@本丸門跡

正面に受付(100名城スタンプ設置場所)がある。


A天守台

この天守台の上には、高さ14.4m、下層は東西19.8m、南北16.2mで、五層の白亜の天守閣があった。  最上階は高欄を巡らした桃山期の形式を示すものだった。 明治7年に解体。


B天守台の礎石群


C天守台上から見た内堀


D花江茶亭

藩主の別邸にあった茶室を明治20年ごろに移築したもの。


E志都岐山神社


F銃眼(鉄砲狭間)土塀

萩城の石垣の上には、鉄砲を撃つための四角い穴を開けた銃眼(鉄砲狭間)土塀が巡っていたという。  この土塀は、昭和40年に一部復元したものである。


G旧厚狭毛利家萩屋敷長屋(重要文化財)


H旧厚狭毛利家萩屋敷長屋(重要文化財)


I旧福原家の萩上屋敷門(県指定有形文化財)

この門は萩藩で代々家老を務めた福原家の萩上屋敷の表門である。 福原家の本拠は領地の宇部にあったが、 当主は代々萩藩の重臣として平素は萩に住むのが常だった。 福原家はこの上屋敷の他、萩城下内に中屋敷と下屋敷があった。  形式は切妻造、本瓦葺の三間三戸の出入口をもつ腕木門で、両袖に潜戸が付いている。 建築年代は江戸中期頃。  重臣の家の門にもかかわらず、門番所がないのは珍しい例である。


J萩駅


K萩反射炉

交通アクセス

萩市内循環「まぁーるバス(西回り)」「萩城跡・指月公園入口」下車、徒歩約4分

駐車場 有り

100名城巡りドライブ難易度 (★)

(★1つ)非常に易しい
(★2つ)易しい
(★3つ)ふつう
(★4つ)難しい
(★5つ)非常に難しい

おすすめアクセス方法
自動車か公共機関、どちらでも問題ない
住所
〒758-0057 山口県萩市堀内字旧城1−1

地図中の75番

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