日本100名城 046番 長篠城(別名―) 愛知県新城市


日本100名城 046番
長篠城(―)
国指定史跡
近年の主な復元・整備(―)
写真は本丸跡

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(歴史)

長篠城は、永正5年(1508年)に土豪菅沼元成が、天然の要害の地ともいえるこの場所、宇連川と寒狭川の合流地点の断崖上に築城した。
 菅沼氏は武田氏の配下に入ったが、のちに徳川家康が城を奪い大改築。 天正3年(1575年)、家康家臣の奥平貞昌が城主の時に 武田勝頼が落城寸前まで追い詰めたが、織田・徳川連合軍がかけつけ城を死守した。
 天正4年(1576年)前年の長篠城の攻防戦で城が大きく損壊したこともあり、奥平信昌は新城城を築城、長篠城は廃城となる。


(100名城訪問日記)

この長篠城址には建造物は何も残っていない。 だから史料館をじっくり見学することになったのだが、 鳥居強右衛門が磔にされた絵は、なかなか衝撃的だった。 どうして彼がそうなったのかとか、この長篠城の歴史など、史料館では かなり詳しく紹介されている。
 史料館見学後、本丸跡周辺を散策したが、天然の要害としての長篠城址全景を、その目で確認するには川向こうまで行かねばならず、時間の都合で諦めた。


初回訪問日&撮影日 2011年11月25日

(※百名城スタンプ設置場所)
新城市長篠城址史跡保存館窓口

長篠城址史料保存館

堀の跡
交通アクセス

JR飯田線「長篠城」駅下車、徒歩8分

駐車場 有

100名城巡りドライブ難易度 易しい(★★)

(★1つ)非常に易しい
(★2つ)易しい
(★3つ)ふつう
(★4つ)難しい
(★5つ)非常に難しい

おすすめアクセス方法
どの交通手段でも問題ないが、川向こうから長篠城址全景を見るなら、
史料館の場所からけっこう遠いので 自動車がおすすめである。

住所
愛知県新城市長篠字市場22−1

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