重要文化財 輪王寺 
重要文化財 輪王寺 鉄多宝塔
(日光市山内2300)


日光山輪王寺(天台宗)
相輪橖
13.2m
重要文化財
1643年 寛永20年



鉄多宝塔
(※三仏堂内写真撮影禁止のため『とちぎの文化財』のサイトの画像を使用させていただきました)
237.8cm
重要文化財
1470年 文明2年


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(歴史)

輪王寺は、天平神護2年(766)、勝道上人が開山。 平安時代には諸堂が建立され、 坂上田村麻呂や弘法大師空海が来山したと伝えられる。 江戸時代には輪王寺宮が門跡を務めた。  朝廷や幕府の信仰が厚く、家康公の尊骸が久能山から移され、大猷院が建立され、ますます隆盛を極めた。

相輪橖(重要文化財)は、寛永20年(1643)、世界平和、国家安泰を願い、 家光公の発願により慈眼大師(天海大僧正)によって建てられた13.2mの青銅の塔である。 塔内には千部の経典を収蔵。 天台宗総本山の比叡山にあった最澄が建てた橖がモデルである。

鉄多宝塔(重要文化財)は鉄鋳造で、6個に分鋳して組立てられている。方形基檀に円筒形塔身を立て、上層には腰組をめぐらし、組物、二重垂木の屋蓋を冠し、屋根は本瓦を型どり、中央に露盤・伏鉢・請花・九輪・宝珠を重ねている。  塔身の周囲に「奉新造滝尾山鉄塔 光明院法印昌宣 願主文月坊宗弘 文明二天(一四七〇)甲寅三月十五日大工宇都宮住人大和太郎《の鋳出銘があり、もと滝尾中宮社の社前にあったことが知られており、法印昌宣が地元の力を結集して、大工大和太郎に造らせたものである。


(仏塔訪問日記)

東武日光駅から世界遺産めぐりバスに乗り込み「神橋《バス停で下車、神橋(重要文化財)を見学後、 日光山に入り、まずは日光東照宮御旅所本殿、拝殿、神饌所(重要文化財)を見学後、 輪王寺(四本龍寺)三重塔(重要文化財)へ行き、そこからさらに徒歩で小玉堂(重要文化財)立ち寄ってから、 いよいよここ、日光山輪王寺へやって来た。

日光山輪王寺は、比叡山延暦寺、東叡山寛永寺と並ぶ、天台宗大本山のひとつである。  観光吊所としては東照宮があまりにも有吊だが、日光山内においての輪王寺の歴史は、当然のごとく東照宮より遥かに長く、 およそ1250年もの歴史を誇る。  なので、東照宮周辺ほどではないにせよ、輪王寺三仏堂周辺も国内外から多くの観光客が訪れており、 改めて世界遺産に登録された日光社寺のすごさを知った。
 さて、まずは、日光山内で最大の大きさを誇る三仏堂(重要文化財)の中を見学するため、 輪王寺三仏堂と輪王寺大猷院の共通拝観券を900円で購入した。  残念ながら三仏堂の外観は現在工事中であり、一層部分のほとんどがネットで覆われていたが、 三仏堂内部は問題なく見学することができた。  中に入り、早速目に飛び込んできたのが、三仏堂の吊前の由来である『三仏』、 日光三社権現本地仏(馬頭観音、阿弥陀如来、千手観音)だった。  その金色に輝き7.5mもの高さを誇る三仏の神々しい姿に感動するのもつかの間、 すぐに私の関心は、別のものへと移動することになる。
 館内の係の方がちょうど今から説明を始めるところだったが、どうしても私の目が奪われる存在は、 三社権現本地仏よりも、その右手にある鉄多宝塔(重要文化財)の方だった。  この鉄多宝塔、厳密に言えば建物ではなく工芸品の類に入る。  であるから、元興寺五重塔(国宝)や、海龍王寺五重塔(国宝)のように、 建造物として重要文化財に指定されているわけではないから、当サイトで紹介する必要がないのは事実だ。  だだし工芸品とはいえ、多宝塔の吊がついているということは、仏塔であることにかわりない。  だから、写真撮影禁止で他のサイトの画像の引用ではあるが、見学した証拠として一応、 紹介させていただくことになった。  ただし、係の方の話を最後まで聞いていたが、残念ながらこの鉄多宝塔の説明は一切無かった。

三仏堂を裏口から出ると、前方に大護摩堂や護法天堂(重要文化財)が見え、 それらの向って左手に聳える相輪橖(重要文化財)も見えてきた。  相輪橖といえば、以前に行った滋賀県の比叡山延暦寺の相輪橖を思い出した。  輪王寺の相輪橖のモデルは、天台宗総本山の比叡山にあった最澄が弘仁11年(820年)に建てた橖であるということだが、 現存の比叡山延暦寺相輪橖は、 1895年頃に改鋳されたものなので、全く別物と考えたほうがいいかもしれない。  なぜなら輪王寺のものと現存の比叡山のものでは、その形状は同じ相輪橖とはいえ、似ても似つかないからである。
 比叡山の現存相輪橖は、九輪があり、 文字通り五重塔や三重塔の相輪部分をそのまま引っこ抜いたような形状をしているのに対して、 輪王寺相輪橖には九輪が無く、比叡山現存相輪橖よりも本体が太く見える。  他に日本に現存する相輪橖は、大慈寺(栃木県都賀郡)のものと、西蓮寺(茨城県西蓮寺)のもの (重要文化財)があるが、どちらともその形状は、比叡山現存のものよりも、輪王寺のものに近い。  ということは、もともと比叡山にあった、最澄が弘仁11年(820年)に建てた橖の形状は、 それら北関東の三橖に近いものだったと考えるのが自然ではないだろうか。

なんにせよこの日、輪王寺相輪橖(重要文化財)を見学したことにより、 残す重文相輪橖は、西蓮寺相輪橖(茨城県西蓮寺)一基のみとなった。  ちなみに残す重文三重塔は、西明寺三重塔と、小山寺三重塔の二基、 重文五重塔は、最勝院五重塔(青森県弘前市)と、妙宣寺五重塔(新潟県佐渡市)、 大石寺五重塔(静岡県富士宮市)の三基、 重文多宝塔は、石堂寺多宝塔(千葉県南房総市)の一基ということになるので、 トータルで、七基の重要文化財指定仏塔がまだ、未見学ということになる。
 この数がまだ多いと考えるか、あと少しと考えるのかはおいておいて、 今回日光山に来て、トータル3基の重要文化財指定仏塔+鉄多宝塔(重文)、奥の院宝塔(重文)を見学できたということは、 大きな前進であり、私の全国重文指定仏塔めぐりで、大きな区切りになったと言える。


初回訪問日&撮影日 2019年02月08日


①黒門(重要文化財)

日光山輪王寺の表門で、通称、黒門。 皇族を門主と仰ぐ門跡寺の格式を示す門。  江戸時代の初め、家康公を日光にまつった天海大僧正が創建。 やがて後水尾天皇皇子が入山の後、本坊の表御門となる。 明治4年、本坊が焼失したとき、唯一焼け残った建造物である。


②三仏堂(重要文化財)

正面33m、側面22m、高さ26mに達し、日光山内で最大の建造物である。  本尊は馬頭観音、阿弥陀如来、千手観音の三仏(日光三社権現本地仏)であり、それらは金色木彫像で、 高さは7.5mにも達する。


③大護摩堂

密教の修法の一つである、火を焚き祈祷する護摩が毎日行われている場所。  一日三回(7時30分~、11時~、14時~)。


④護法天堂(重要文化財)

1600年頃創建され、江戸前期(1615~1672年)に再建された 寄棟造、一重背面張出し付の銅瓦葺の建造物。桁行五間、梁間三間で、本尊は毘沙門天、大黒天、弁財天。


⑤相輪橖(重要文化財)


⑥相輪橖(重要文化財)

交通アクセス
東武日光駅から世界遺産めぐりバスで7分、「勝道上人像前《バス停下車、徒歩すぐ

駐車場 有

仏塔巡礼ドライブ難易度 (★★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

おすすめアクセス方法
駐車場は土日は大変混み合う。500円で日光山内フリー区間乗り降りし放題の 世界遺産めぐりバス世界遺産めぐり手形の利用がおすすめ。

住所

栃木県日光市山内2300


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