萩反射炉 (〒758-0011 萩市大字椿東4897−7)



2020年02月02日撮影

萩反射炉
高さ10.5m
安政3年(1856年)
国指定史跡、世界遺産(明治日本の産業革命遺産、萩の産業化遺産群)

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(歴史)

反射炉とは、鉄製大砲の鋳造に必要な金属の溶解炉である。  萩(長州)藩の海防強化の一環として導入が試みられた。
 まず萩藩は佐賀藩の反射炉のスケッチを入手し、それを基に建設。  萩反射炉の大きさはオランダの原書の寸法から約7割程度の規模だったため、 試作的に築造されたと考えられる。  1856年の一時期に金属の溶解実験が行われた。  残っている遺構は煙突にあたる部分で、高さ10.5mの安山岩積み (上方一部レンガ積み)である。  萩(長州)藩の試行錯誤を伝えるとともに、わが国の産業技術史上、大変貴重な遺跡とされる。


(タワー訪問日記)

まず最初にことわっておくが、この萩反射炉はタワーには分類されない。  この建物の塔のように高い部分は、金属溶解炉の煙突部分にあたるので、 タワーではなく、煙突ということになる。
 もちろんそのことは理解しているのだが、せっかく萩城へ来たついでに立ち寄ったので、 『タワー』のように高い建物ということで、タワーの項目で紹介することにしたのである。

この文章を打ち込んでいるのは、2020年11月20日。  長引く新型コロナウィルスの猛威は、いまだに衰える気配すらない。  その影響で、2020年2月2日に行ったこの萩市内散策を最後に、史跡巡りはストップしている。  再開の時期は全く未定であり、このままこのサイトを閉鎖する可能性も捨てきれないほど、 史跡巡りをする気力は失せてしまっている。  今後もし、色々な史跡を巡って旅をしたいと感じる気持ちを取り戻せたなら、 またサイトの更新をするかもしれないが、しばらくはそういう気分になることはないと思う。

このように記すと、まるで生きがいを失った爺のようであるが、 実は全くそうではない。 私にとって、二人の子供たちとのふれあいは、史跡巡りなどと比較にならないほどの 生きがいである。 当面は、二人の子供たちのために生きていこうと思っている。

このような過疎サイトを見てる人がはたしているのかどうかわからないが、 何にせよ、しばらくの間サヨナラである。


初回訪問日&撮影日 2020年02月02日


@萩城跡


A萩反射炉


B萩反射炉


C松下村塾


D吉田松陰歴史館

記念メダル販売機あり


E東萩駅

交通アクセス
萩循環まぁーるバス東回りコース『萩しーまーと』下車、徒歩約05分

駐車場 有

タワードライブ難易度 非常に易しい(★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

おすすめアクセス方法

どちらでもかまわない。

住所
758-0011 萩市大字椿東4897−7

地図24番

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