国宝 桜井神社拝殿 (大阪府堺市南区)



桜井神社(―)
拝殿
国宝
鎌倉時代後期

国宝建造物データ一覧に戻る

HOMEに戻る

(歴史)

伝承によると桜井神社はもともと、この地方に在住していたという桜井朝臣の一族がその祖先である武内宿禰命を奉斎したと伝わっている。  推古天皇5年(597年)に八幡宮を合祀、応神天皇、仲哀天皇、神功皇后を御祭神とする。 別名『上神谷八幡宮』とも 称され、古くから公武の崇敬があったが、天正5年(1577)織田信長の根来攻めの兵火にあい、一時荒廃。 しかし江戸時代に 神門、鐘楼、宝蔵等が再建されたという。

拝殿は、鎌倉時代の建築で、古い様式の架構である二重虹梁蟇股がみられ、内部は、中央に「馬道」と呼ばれる通路を持つ 割拝殿形式の建物で、創建当時の姿をとどめている。


実験的企画 国宝建築評価チャート図

国宝建築の能力値をサイト管理人が独断と偏見で点数化

(※)評価基準

○歴史 建造物の建立された年代の古さを点数化したもの。
 飛鳥時代以前(20点)、奈良時代(19点)、平安時代(18点)、 鎌倉時代(17点)、南北朝時代(16点)、室町時代(15点)、戦国時代(14点)、安土桃山時代(13点)、江戸時代前期(12点)、 江戸時代後期(10点)、明治時代(8点)、大正時代(6点)、昭和時代前期(5点)、昭和時代後期(3点)、 平成時代以降(1点)

○迫力 建造物の巨大さ、あるいは見た目の迫力を点数化したもの。

○美しさ 見た目の美しさを点数化。

○希少性 その意匠や形式などが同じ分類である建造物の現存例の少なさを点数化。

○おすすめ度 管理人のおすすめ度を点数化。主に観光満足度、その他、インパクトなどを重視。

以上はすべて、正式なものではなく、管理人の独断と偏見による評価である。


(国宝建造物訪問日記)

この桜井神社は、観光地でも何でもない『泉北ニュータウン』と呼ばれる、普通の住宅地にあり、地元の堺市民でも、ここに鎌倉時代建造の 古くて貴重な国宝建造物があるということを知らない人が多いようだ。 国宝であるこの拝殿は、割拝殿形式の建物で、 馬道と呼ばれる通路が建物の中央を貫いている、非常に珍しい建物だった。

この日は友人と100名城巡りをした帰り道に立ち寄った。  ここに来る途中、若干道を間違えて、車幅ぎりぎりの畦道に迷い込んでしまったが、友人は、まるで針に糸を通すような巧みなハンドルさばきで、 バックして引き返した。 そして県道に戻り走っていると、『桜井神社』と書かれた大きな看板が見えてきた。
 私たちは正面の駐車場に車をとめ、広々とした境内に入り、『拝殿』を中心に写真を撮っていた。
 すると、後から古ぼけた外車が、砂ぼこりをあげながら駐車場に入ってきたて、おばさんが車から出てきたかと思うと、 真っ先に内拝殿に向かい、お参りした後、すぐに車に戻り、ドリフトをきさせながら帰って行った・・・。
 何をそんなに切羽詰っていたのか分からないが、もっと気持ちにゆとりが欲しいものである。
 特に桜井神社のように貴重な国宝建造物があるありがたい場所では・・・。


初回訪問日&撮影日 2012年08月01日

(※国宝建造物撮影ポイント)

外観は自由に撮影可能







アクセス
泉北高速鉄道 泉ヶ丘駅から南海バス乗車(23系統・「畑」方面)桜井神社前で下車すぐ、または(24系統・「鉢ケ峯」方面)片蔵で下車、徒歩約5分。

駐車場 有

国宝巡りドライブ難易度(★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

国宝巡りおすすめアクセス方法
自動車によるアクセスがおすすめ

住所
大阪府堺市南区片蔵645


国宝建造物データ一覧へ戻る

HOMEに戻る
国宝建造物が複数ある場合は代表地点を表示

より大きな地図で 日本国宝建造物マップ を表示