国宝 功山寺 仏殿 (山口県下関市)功山寺 仏殿 国宝 1320年(元応02年) HOMEに戻る | |
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(歴史)功山寺は当初、嘉暦2年(1327)に、虚庵玄寂を開山として臨済宗の金山長福寺として創建された。 正慶2年(1333年)には後醍醐天皇の勅願寺となり、その後、足利氏、厚東氏、大内氏などの尊敬あつく隆盛を誇ったが、 弘治3年(1557)、大内義長がこの地で自刃、この戦乱によって一時堂宇が荒廃する。 その後、慶長7年(1602)、長府藩主毛利秀元が修営し再興、曹洞宗に転宗した。 2代藩主光広が、秀元公の霊位をこの寺に安置して以来、長府毛利氏の菩提寺となり、秀元の法号、智門寺殿功山玄誉六居士にちなんで、 功山寺と改称した。 同寺、国宝の仏殿は、上記創建年より早い元応2年(1320年)建立である。
実験的企画 国宝建築評価チャート図国宝建築の能力値をサイト管理人が独断と偏見で点数化(※)評価基準 ○歴史 建造物の建立された年代の古さを点数化したもの。
○迫力 建造物の巨大さ、あるいは見た目の迫力を点数化したもの。 ○美しさ 見た目の美しさを点数化。 ○希少性 その意匠や形式などが同じ分類である建造物の現存例の少なさを点数化。 ○おすすめ度 管理人のおすすめ度を点数化。主に観光満足度、その他、インパクトなどを重視。 以上はすべて、正式なものではなく、管理人の独断と偏見による評価である。 (国宝建造物訪問日記)新幹線『新下関』駅の観光案内所で、『しものせき観光一日フリー乗車券』を購入し、
最初に住吉神社本殿(国宝)を見学し終えた私は、その最寄りバス停である「一の宮」バス停から、
再び「新下関駅」バス停へ戻り、長安線バルク浜浦台行バスに乗り換え、
功山寺最寄りの「城下町長府」バス停で降車した。
功山寺本殿は、私のように古建築に詳しくない人間が見ても、一瞬でそうだと分かるほど、
あまりにも典型的な禅宗様仏殿だ。
夢窓国師によって建立された、禅宗様仏殿・永保寺観音堂が、自然の滝が流れている「梵音巌」など、自然の地形を巧みに利用した庭園作りを行い、 そこに和様と唐様の折衷様式の『観音堂』を建て、これ以上ないほどの風景の調和を実現させたものであるのに比べると、
功山寺仏殿の寺院風景は、あまりにも殺風景と言わざるをえないのは事実だ。
ところで、それだけ連続して禅宗様仏殿ばかり拝観してると、人によっては見飽きてきそうなところだが、
私に関してはそういったことは微塵もないことは言うまでもない。
禅宗様建築をはじめとした私の国宝建築巡りは、これからもまだまだ続くであろう。 初回訪問日&撮影日 2017年02月16日
(※国宝建造物撮影ポイント)外構は撮影自由 |
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@総門(国登録有形文化財) 室町時代中期建立、禅宗様、四脚門、木造瓦葺、間口4.4m |
A山門(市指定文化財) 安永2年(1773)建立 |
B山門から見た仏殿 |
C経蔵(市指定文化財) 輪蔵とも。 寛政11年(1799)建立。 |
D法堂 |
E鐘楼と高杉晋作挙兵像 |
F以下すべて仏殿(国宝) |
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アクセス
JR新下関駅からサンデン交通バスに乗り「城下町長府」バス停下車、徒歩10分 駐車場 有 国宝建造物巡礼ドライブ難易度(★★) (★)・・・・・・・・・・非常に易しい (★★)・・・・・・・・易しい (★★★)・・・・・・ふつう (★★★★)・・・・難しい (★★★★★)・・非常に難しい 国宝巡礼おすすめアクセス方法 『しものせき観光1日フリー乗車券』(大人720円)を購入し、下関市内のもうひとつの国宝、住吉神社など と合わせてバスで巡るのがおすすめ。 住所 下関市長府川端1丁目2-3 |
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