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日本100名城 036番 丸岡城(霞ヶ城) 福井県坂井市![]() 日本100名城 036番 丸岡城(霞ヶ城) 重要文化財1件 写真は天守(重要文化財) HOMEに戻る |
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(歴史)戦国時代、北陸地方では大名・領主・一向一揆衆の間で争いが続いていた。 天正3年(1575)、 織田信長は越前一向一揆を平定すべく、大軍をこの地へ動員し、今の丸岡城から東方へ約4キロの山中にあった 一向宗の拠点豊原寺を攻略し、その寺坊をことごとく焼き払った。 これに参加していた柴田勝家はその恩賞として、 信長に越前の国を与えられ、北庄(現福井市)に城を構えた。 そこで勝家は、越前での地盤を固めるために、 養子で甥にあたる伊賀守勝豊に命じ、豊原に豊原城を構えさせる。 翌天正4年(1576)、勝豊は交通の利便性などから 丸岡に移り城を構えた。 これが現在の丸岡城である。 現在の丸岡城は、本丸の天守閣と石垣をわずかに残すのみで、城周辺は霞ガ城公園となっている。
(100名城訪問日記)この日は福井県内の史跡を巡るドライブをする計画をたてたのだが、今回は目的地を、丸岡城と一乗谷城の
二箇所のみとし、一つ一つをノンビリ巡ることにした。
初回訪問日&撮影日 2013年06月01日
(※百名城スタンプ設置場所)天守入場受付窓口 |
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![]() ①一筆啓上茶屋 駐車場の横に建つ 土産物店&食事処。 ガイドブックにはここに100名城スタンプが設置されていると記されているが、この日ここには無く、 スタンプは天守入城受付窓口にあった。 |
![]() ②一筆啓上茶屋(庭園側から) 城見学後に立ち寄り、まずは昼食に、名物『越前おろしそば』を食べる。 そしてこのテラスに出て、昼下がりのコーヒーブレイク。 まさに至福のひとときである。 この日の史跡巡りは丸岡城と一乗谷城の二箇所だけと決めていたので、のんびりくつろげた。 史跡巡りはゆとりをもって巡るのがオススメだ。 |
![]() ③歴史民俗資料館 丸岡城入場券で入館できる。 館内は広くないので見学時間は短かった。 |
![]() ④天守閣(重要文化財) 天守入城受付窓口で100名城スタンプ押印後、登り坂を登るとすぐに見えてきた。 |
![]() ⑤天守閣(重要文化財) 写真撮影ベストスポットはこの角度であろうか? 建ってる場所が広くないので、他の方向からの撮影は難しい。 |
![]() ⑥天守閣(重要文化財) 野面積みの天守台の上に建つ。 |
![]() ⑦石製鯱 この鯱は、もと木彫銅板張りであったものを昭和15年~17年の修理の際に、天守閣石瓦と同質の石材で作りかえられたものであるが、この石製鯱も昭和23年の 福井大震災で落下してしまった。 現在天守閣の上にのっている鯱は、昭和27~30年の修復時に、もとの木彫銅板張りに 復元したものだという。 |
![]() ⑧天守閣(重要文化財) 天守東面に設けられた天守入口と、天守入口への石段 |
![]() ⑨天守内部 3階内部。 回縁は、窓の外にあり、その床は3階内部より高くなっている。 |
![]() ⑩天守に使用されている石瓦 天守に石瓦を使用した現存例はここだけである。 石瓦を使用しているのは、瓦が凍結して破損するのを防ぐためだという。 その重さは屋根全体で 120トンにも及ぶという。 |
![]() ⑪天守最上階から見た坂井市のまちなみ なかなかのどかな風景だった。 |
![]() ⑫サイドから見上げた天守閣 サイドに回ってみたが、場所が狭いので 見上げたアングルの写真になってしまった。 |
交通アクセス
JR北陸本線「福井」駅から京福バス「本丸岡行き」で約40分「丸岡城」下車すぐ 駐車場 有り ドライブ難易度 非常に易しい(★) (★1つ)非常に易しい (★2つ)易しい (★3つ)ふつう (★4つ)難しい (★5つ)非常に難しい おすすめアクセス方法 バスの本数はそれほど多くないので、自動車で行った方が楽である。 住所 910-0231 福井県坂井市丸岡町霞1-59 |
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