日本100名城 031番 新発田城(菖蒲城、舟形城、狐尾曳ノ城) 新潟県新発田市





日本100名城 031番
新発田城(菖蒲城、舟形城、狐尾曳ノ城)
市指定史跡、重要文化財2件

写真上 三階櫓 平成16年再建

写真下 旧二の丸隅櫓 寛文8年(1668年)の再建 重要文化財

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(歴史)

慶長3年(1598)加賀大聖寺から越後蒲原郡に入封した初代藩主溝口秀勝は、上杉景勝と戦い滅びた新発田重家の城跡 を取り入れ、新たな城の構築をはじめ、秀勝入封56年後、三代藩主宣直のときに完成した。
 その縄張りは、周囲を湿地に囲まれ、南北に長い瓢箪形をしており、天守と呼ばれる建物は 無かったので、屋根が丁字型をした三階櫓が実質上の天守とされた。
 その後寛文8年(1668)、享保4年(1719)に大火で櫓などを焼失し、そのつど修復している。
 旧二の丸隅櫓と、表門のみ現存しており、共に重要文化財に指定。 三階櫓や辰巳櫓は近年の再建である。


(100名城訪問日記)

この日は、山形市内のホテルを朝一で出発し、山形県鶴岡市内の羽黒山五重塔と、善寳寺五重塔を巡った後、 新潟県胎内市の乙宝寺三重塔まで車を走らせ、最後に新発田市のこの新発田城までやってきた。
 昨日は仙台松島周辺の8箇所の観光地を巡ったのだが、それに対してこの日は、一つ一つがかなりの移動距離のため、一日に4ヶ所しか観光できなかった。  それでも、国宝仏塔一つに、重文仏塔一つ、無指定五重塔一つ、100名城一つと、内容的に充実しており、私的にはかなり満足している。

というわけで、新発田城の駐車場に到着し、私たちは100名城スタンプ設置場所の表門へ歩を進めた。
 この新発田城は、冬場は大雪のため開門しておらず、開門は4月〜11月だけだということを、友人の携帯で知った。  11月初旬のこの時期は、まだ雪の降っておらず、気温もちょうどよかった。 私たちはたまたまいい時期に 来れたようだ。
 表門に到着すると、そこには係の人が常駐しており、私たちは100名城スタンプを押しに来た旨を伝えた。
 するとその人は、「どれくらい巡られましたか?」と聞いてきた。
 私たちは、「いや、まだ、ほんの少しだけです。」と答えると、 「そうですか。100名城の中には、北海道の『根室チャシ跡群』みたいに、かなり行きにくい場所もありますよね〜。 ここにもたくさんの人がお見えになってますが、中には全て巡り終わって、2週目に突入している人もいらっしゃいましたよ・・・」
 私はその強者100名城マニアの話を聞いて驚嘆するとともに、自分自身が100名城を巡り終えるのはいつになるのか 考えてみた。
 そもそも私は、仏塔や国宝建造物を巡るのをメインにしていて、100名城巡りに関しては、今回一緒に来た友人の影響で始めたようなものである。
 で、今までは、仏塔や国宝建造物を巡るのをメインに、その近場の100名城を絡めて訪問する形をとってきたので、 100名城のみを目的に旅行をしたことは、実は一度も無かったことに気づいた。
 となると、優先順位としては、まずは重文指定仏塔を制覇し、次に全国宝建造物、そして最後に100名城制覇を目指すことになるだろう。
 しかし 1ヶ月後には第一子誕生予定の私が、果たして今後、女房子供をほったらかして、100名城スタンプを押すのだけを目的に、北海道の根室へしれ〜っと旅行できる機会があるのかどうかは、 この時点の私には知る由も無かった・・・。

ところでこの新発田城に関してだが、実はその敷地のほとんどが自衛隊駐屯地になっており、観光できるのは ほんの一部のエリアのみである。
 だから実質上の天守とされる三階櫓の中には入れず、遠くから眺めるしかできないなど、史跡観光地としては中途半端な印象を 受けたが、古い城郭内に、近年の自衛隊のジープが並んでいる光景は壮観であり、なかなか見れるものではないと感じた。

私たちが表門を後にし、駐車場へ向かうと、堀の手前から三階櫓を撮影している中年男性二人組がいた。
 二人とも見た目40代くらいに見えたが、まるで子供のような表情で、興奮しながら撮影している様子・・・。
 そのうちの一人が撮影しながら堀の方へ近づこうとした時、手前にロープが張られていることに気づかずに、ひっかかり、くるりんっと一回転して 尻もちをついていた・・・。 もう一人の中年はそれを見て、ゲラゲラ笑っている様子。
 私は、世の中には、中年になっても子供のような心をもった、愉快な人たちもいるものだな〜と、しみじみ(;´Д`)思いながら、『新発田城』を後にし、この日の宿泊地、米沢市内のホテルへ車を走らせた。
 明日はいよいよ東北旅行最終日・・・。 朝一でレンタカーを返し、山形城と山寺を、電車で観光する予定である。


初回訪問日&撮影日 2012年11月08日

(※百名城スタンプ設置場所)
新発田城表門受付

@表門(重要文化財)

享保17年(1732)に再建された二階建ての櫓門。 腰周りは瓦張りのなまこ壁になっている。


A表門(重要文化財)

表門の下は100名城スタンプ設置場所になっており、係の人が待機している。


B表門(重要文化財)内部

表門には上がれるようになっている。 様々な資料を展示。


C表門内部に展示されていた辰巳櫓復元模型

30分の1スケール


D新発田城初代藩主、溝口秀勝像

新発田城の築城者



E旧二の丸隅櫓(重要文化財)とその内部

現存する表門同様、旧二の丸隅櫓内部も入って見学できる。


F旧二の丸隅櫓(重要文化財)内部

貴重な現存櫓の内部だが、特に面白い展示物は無かった・・・。


G辰巳櫓

これは近年に 再建されたものである。


H辰巳櫓内部

内部はピッカピカで、まるで高級旅館のようである。


I自衛隊駐屯地

実は新発田城跡の敷地の大部分が、このような自衛隊駐屯地になっている。  だから、見学できるのは非常に狭いエリアのみである。


J自衛隊駐屯地内にある三階櫓(平成16年再建)

実質上の天守とされたこの三階櫓だが、自衛隊駐屯地内にあるので、 立ち入りは出来ない。 だったら何のために再建されたのかといいたいところだが・・・。


K三階櫓

天守や櫓などの屋根に上げる鯱は通常二つだが、この三階櫓は棟がT字形になっており、三つの入り母屋をつくり それぞれに鯱を上げるという他に例を見ないものだった。

交通アクセス

JR羽越本線「新発田」駅から徒歩20分

駐車場 有

100名城巡りドライブ難易度 (★★)

(★1つ)非常に易しい
(★2つ)易しい
(★3つ)ふつう
(★4つ)難しい
(★5つ)非常に難しい

おすすめアクセス方法
開門期間は4月〜11月のみなので注意が必要。 詳細は公式ホームページなどで。
自動車によるアクセスがおすすめである。

住所
新潟県新発田市大手町6

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