国宝 明通寺 本堂 福井県小浜市門前5-22




明通寺
本堂
国宝
1258年(鎌倉時代前期)

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(歴史)

明通寺は、大同元年(806年)、坂上田村麻呂によって創建されたと伝えられる。 現存する本堂、三重塔は鎌倉時代中期、13世紀のもので、中興の祖である僧・頼禅によって復興されたものである。
 国宝・本堂は、正嘉2年(1258)に再建されたもので、大正12年には解体修理が行われた。  単層入母屋造、桧皮葺、桁行5間、梁間6間の建造物である。  屋根の勾配はきつく、その豪壮な建築様式は、円熟期にさしかかった武家社会の象徴とされる。


実験的企画 国宝建築評価チャート図

国宝建築の能力値をサイト管理人が独断と偏見で点数化

(※)評価基準

○歴史 建造物の建立された年代の古さを点数化したもの。
 飛鳥時代以前(20点)、奈良時代(19点)、平安時代(18点)、 鎌倉時代(17点)、南北朝時代(16点)、室町時代(15点)、戦国時代(14点)、安土桃山時代(13点)、江戸時代前期(12点)、 江戸時代後期(10点)、明治時代(8点)、大正時代(6点)、昭和時代前期(5点)、昭和時代後期(3点)、 平成時代以降(1点)

○迫力 建造物の巨大さ、あるいは見た目の迫力を点数化したもの。

○美しさ 見た目の美しさを点数化。

○希少性 その意匠や形式などが同じ分類である建造物の現存例の少なさを点数化。

○おすすめ度 管理人のおすすめ度を点数化。主に観光満足度、その他、インパクトなどを重視。

以上はすべて、正式なものではなく、管理人の独断と偏見による評価である。


(国宝建造物訪問日記)

ゴールデンウィークも終わりに近づいた5月5日。
 どこへ行っても混雑するこの日、私はフリーで一日、どこかへ出かけられる機会を得た。
 行き先としてまず考えたのが、険しい山道を登山することで知られる、鳥取県の国宝、三仏寺投入堂だったのだが、 この日は生憎の雨模様。 前日の天気予報を見た時点で、そこへ一緒に行く予定だった友人からキャンセルの連絡が入り、 三仏寺投入堂は中止となった。
 他の行き先を考えるにあたり、5月5日はゴールデンウィーク終盤で、帰省渋滞に巻き込まれるのも分かっていた私は、 大阪の自宅からそれほど遠くない福井県小浜市にあり、三重塔と本堂という2件の国宝建造物を有する明通寺へ行くことにした。

実はこの明通寺へは、3年以上前に一度訪問しているのだが、その時はこの本堂が工事中で工事幕が張られ、 全く拝観することができなかったのである。 そこで当時の私は、桧皮寄進を行い、再来訪を誓って明通寺を後にした。
 月日が流れて平成24年四月吉日、明通寺から私宛に、本堂の工事が無事終了したとの旨が書かれた絵葉書が送付されてきたのだが、 なかなか行く機会がなく、その絵葉書が送られてきてから実に、2年以上も経たこの日、やっと本堂を見学に行く機会を得たわけである。

実際に本堂を拝観してみて、その豪放でありつつも、繊細で美しい姿に感動し、長い間待って来たかいがあったと感じたものである。
 まだ本堂が工事中だった三年前の訪問時に、ささやかな金額ではあるが、桧皮葺屋根葺き替え工事の寄進をさせていただいたことにより、 脈々と受け継がれてきた明通寺本堂の維持管理に、自分も協力できたのだという喜びを感じつつ、 気が遠くなるくらい長い年月、若狭の厳しい風雪に耐え続けた本堂のそのあまりに荘厳な佇まいを、時が経つのも忘れてしばしの間眺めていた。

私は明通寺の本堂と三重塔を拝観後、次の目的地である国宝二王門有する、京都府綾部市の光明寺へ車を走らせた。


初回訪問日&撮影日 2014年05月5日

(※国宝建造物撮影ポイント)

外観は自由に撮影可能


@山門(市指定文化財)


A本堂(国宝)


B本堂と三重塔(ともに国宝)


三重塔(国宝)
アクセス JR小浜線「東小浜駅」からあいあいバスで約9分

駐車場 有

仏塔巡礼ドライブ難易度 非常に易しい(★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

おすすめアクセス方法

バスは本数が少ないので自動車がおすすめである



住所
福井県小浜市門前5-22


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