県指定文化財 鑁阿寺 多宝塔 (栃木県足利市家富町2220)


鑁阿寺(真言宗大日派)
多宝塔
約20m
県指定文化財
元禄5年(1692年)

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(歴史)

鑁阿寺はもともとは足利氏の館であり、 その境内の周囲には土塁と堀がめぐっており、四方に門をもうけるなど、 鎌倉時代前後の武士の館の面影を残す。
 その創建は、足利2代義兼が建久7年(1196年)、邸内に持仏堂を建てて大日如来を祭ったのが始まりで、 3代義氏が堂塔伽藍を建立し足利一門の氏寺とした。  開創は義兼、開山は理真上人とする。

鑁阿寺多宝塔は、桁行3間、梁間3間、高さ約20mのもので、屋根は銅板葺。  元禄5年(1692)、5代将軍綱吉の生母桂昌院が寄進再建したものといわれる。


(仏塔訪問日記)

一泊二日の北関東史跡巡り2日目。

初日は午前中に都内で諸用を済ませた後、東村山市でレンタカーを借り、 正福寺地蔵堂(国宝)→川越城(日本100名城)→ 鉢形城(日本100名城)→金鑽神社多宝塔(重要文化財)と巡り、 群馬県藤岡市のビジネスホテルで一泊。

二日目のこの日は、早々にホテルを出発し、まずは 箕輪城(日本100名城)を巡った後、 富岡製糸場(国宝)へ行き見学。  そこから更に、栃木県の鑁阿寺 (日本100名城・足利氏館)まで車を走らせ、国宝・鑁阿寺本堂を見学し、 次に同じ鑁阿寺境内にある多宝塔の方へ歩を進めた。

ところでこの鑁阿寺(足利氏館)であるが、 日本で唯一、ひとつの場所で、『日本100名城』と、『国宝建築』、『仏塔』を、トリプルで見学できる場所だということをご存知だろうか。
 「だからどうした?」というツッコミが(特に『仏塔』に関して)聞こえてきそうだが、 仏塔巡りの趣味から派生して、国宝建築巡りや日本100名城巡りも始めた私としては、そのことは非常に重要であり、 ひとつの場所で三つの趣味の見学欲求を満たすことが出来るこの鑁阿寺は、私にとって、 『一粒で三度美味しい』、まさにどこかのアーモンドキャラメル以上の存在だったわけである。

しかも、三本柱の一つの『仏塔』であるこの多宝塔も、近年に建てられた新しいものではなく、 元禄5年(1692)に、5代将軍綱吉の生母桂昌院が寄進再建したとされる、 重要文化財に指定されてもおかしくない非常に由緒正しく貴重な仏塔である。
 私の三つの見学欲求は、それぞれが最大限までギンギンに満たされ、大満足のうちに鑁阿寺(足利氏館)の見学を終えた。

私は次の目的地である金山城(日本100名城)へ向けて、レンタカーを走らせた。


初回訪問日&撮影日 2016年08月14日


@多宝塔(県指定文化財)


A多宝塔(県指定文化財)


B鑁阿寺本堂(国宝)

桁行、梁間とも5間の入母屋造の本瓦葺建造物である。  正安元年(1299)の建立とされるが、応永14年から永享4年(1407〜1432)に、大規模な改造が行われた。  平面構成は前方2間分を外陣、後方3間分を内陣及び脇陣とする密教仏堂の形式だが、建築様式は禅宗様を基調とする。 密教寺院の禅宗様仏堂初期の例、関東地方の禅宗様仏殿の最も古い例として大変貴重とされる。


C太鼓橋と楼門

江戸時代末期の安政年間に再建されたもの。

鑁阿寺への交通アクセス
JR両毛線「足利」駅から徒歩約10分。東武伊勢崎線「足利市」駅から徒歩約15分

駐車場 徒歩3分程度の場所に太平記館観光無料駐車場あり

仏塔巡礼ドライブ難易度 易しい(★★)

★1つ→非常に易しい
★2つ→易しい
★3つ→ふつう
★4つ→難しい
★5つ→非常に難しい

鑁阿寺へのおすすめアクセス方法

どのアクセス方法でも問題ない
住所
〒326-0803 栃木県足利市家富町2220


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