指定無 椿山荘 三重塔 (東京都文京区)椿山荘(―) 三重塔 18.5m 指定無 江戸初期 大正14年(1925)に移築 HOMEに戻る |
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(歴史)椿山荘はもともと明治の元勲山県有朋が邸宅を構えた場所である。
明治11年、山県が私財を投じて「つばきやま」と呼ばれていた場所の一角を入手し、
その地名にちなんで「椿山荘」と名付けて築庭に力を注ぎ、その約二万坪の起伏豊かな地形を生かした名園を造り上げたという。
庭園内の小高い丘に聳えるこの三重塔は、もともと広島県の竹林寺で上層部を大破したまま放置されていたものを、
大正14年に藤田氏が買い取りこの地に移築し、修理されたものである。
(仏塔訪問日記)この日は港区の迎賓館赤坂離宮前庭公開に合わせて、わざわざ関西から新幹線に乗って東京へやって来たのだが、
せっかく高い交通費を払って東京まで来たのだから、都内にあるどこか仏塔に立ち寄ることにした。
ところでこの椿山荘三重塔。 ここでは圓通閣(えんつうかく)と呼ばれているのだが、
もともとは広島県の竹林寺にあったものを、大正14年に藤田氏が買い取り、この地へ移築したものである。
そのもとの塔がいつ頃建立されたのかは不明であるが、江戸初期より以前と考えられているので、本門寺五重塔と同時期か、
それよりも古い可能性がある。 いわば、東京23区内で最も古い仏塔の一つであると考えてもいいだろう。
以上のような仏塔を含めた古い建造物の、実業家による地方からの移築は、明治から大正、昭和にかけて、主に古い現存建造物が少ない首都圏で見られたようだ。
私は藤田氏が、その庭園内に確信的なまでに美しく配置した歴史のある三重塔をしばらくの間眺めた後、 次の目的地である小田原城へ向かった。 初回訪問日&撮影日 2014年11月08日
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@椿山荘プラザとタワー
三重塔手前から撮影。 この日は20代くらいの若いカップルが結婚式をしており、ロビーでは同年代の出席者で溢れかえっていた。
ざっと見ただけでも100人ぐらいいただろうか。 |
Aプラザを出てすぐのテラスから見た三重塔
私は当初の想像では、もっと平面的な庭に三重塔がポツンと建っているのかと思っていたのだがその予想は全く違った。
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B芝生前から撮った三重塔 C芝生前(別角度)から撮った三重塔 |
D正面から見た三重塔 横浜市の三溪園三重塔と同じく、庭園内の小山の上に建っている。 三溪園では周囲に木々が生い茂ってて三重塔に覆いかぶさり撮影が困難だったが、椿山荘では三重塔手前に、 広い芝生があるので、撮影はしやすかった。 観光客が見やすいようにするための藤田氏の配慮かもしれない。 |
E般若寺式石灯篭 鎌倉時代後期作の逸品 |
F十三重の石塔 この塔は戦国時代の武将で茶人でもあった織田有楽(織田信長の弟)ゆかりの層塔と伝えられている。 |
椿山荘への交通アクセス
東京メトロ有楽町線「江戸川橋」駅下車、徒歩約10分 他 駐車場 有 仏塔巡礼ドライブ難易度 非常に易しい(★) ★1つ→非常に易しい ★2つ→易しい ★3つ→ふつう ★4つ→難しい ★5つ→非常に難しい 椿山荘へのおすすめアクセス方法 公共機関の利用がおすすめ 住所 東京都文京区関口2-10-8 |
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