日本100名城 017番 金山城(―) 群馬県太田市


復元された大手虎口

日本100名城 017番
金山城(―)
文化財史跡区分(国指定史跡)

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(歴史)

金山城は標高235.8mの金山山頂に新田氏の後裔岩松家純が、文明元年(1469)に築城した。  享禄元年(1528)には、岩松氏家臣の由良氏が実験を握る。  戦国期には武田氏、上杉氏、後北条氏の猛攻を退ける堅固な城だったが、豊臣秀吉の小田原攻めでは戦わずして開城、 落城した。

城は、実城、西城、北城、八王子山ノ砦などからなり、東西3.1km、南北3.8kmにも及ぶ巨大山城だった。  発掘により、大手虎口や石敷の城道、石垣や土橋などが復元整備された。  通路まで石造なのは、関東の戦国山城としては珍しいのだという。


(100名城訪問日記)

一泊二日の北関東史跡巡り2日目。

初日は午前中に都内で諸用を済ませた後、東村山市でレンタカーを借り、 正福寺地蔵堂(国宝)→川越城(日本100名城)→ 鉢形城(日本100名城)→金鑽神社多宝塔(重要文化財)と巡り、 群馬県藤岡市のビジネスホテルで一泊。

二日目のこの日は、早々にホテルを出発し、まずは 箕輪城(日本100名城)を巡った後、 富岡製糸場(国宝)へ行き見学。  そこから更に、栃木県の鑁阿寺 (日本100名城・足利氏館)まで車を走らせ、国宝・鑁阿寺本堂と 県指定文化財・鑁阿寺多宝塔を見学し終えた後、日本100名城・金山城まで車を走らせた。

ところで今回の一泊二日の旅行では、東京都と、埼玉県、群馬県、栃木県をドライブし、 合計9箇所の史跡にある14件の国宝建築と仏塔、日本100名城を巡る目標を立てた。
 ただし、初日は午前中に用事があり、午後から始めたために4箇所しか巡れず、 結果的に二日目に史跡5箇所10件の国宝建築・仏塔・100名城を巡ることになり、かなりハードなスケジュールになってしまった。
 しかもお盆期間の真っ只中に決行したので、道路はかなり混み合っており、更に、 帰りの新幹線も帰省ラッシュで混むことを見越して、19時30分東京駅発のチケットも予約していたので、それぞれの史跡に、 あまり時間をかけてのんびり見学していると、帰りの新幹線に間に合わなくなる危険性も出てくる。
 だから一つ一つの史跡見学は、かなりかけ足で行う必要があったのだが、ここまでの箕輪城、富岡製糸場、鑁阿寺(足利氏館)に関しては、 それほど時間をかけなくても、慌てることなくゆっくり見学することができた。
 だが、次の金山城(日本100名城)はある意味、今回の旅行で最大の難所といえる山城だった。
 私は金山城が山城であることを知り、観音寺城や、小谷城、岩村城などを、息を切らせながら汗だくになって登山した記憶がよみがえった。  山城は、国宝建築や仏塔、平城に比べると、必然的にその見学に費やす時間も長くなり、消耗する体力も激しくなることが多い。  更に金山城は、100名城スタンプが山頂の休憩施設あるために、ふもとでスタンプだけ押印して帰るというごまかしもきかないので、 ある意味、この金山城をスムーズで効率的に見学できたか否かが、この後の歓喜院の見学、 ひいては、帰りの新幹線に間に合うかどうかにかかわってくるのである。
 残す史跡は、2箇所。 ここまできて引くつもりは毛頭ない。  私は迷わず山頂に最も近いとされる、西城エリア市営駐車場へ車を走らせた。
 駐車場に到着するとすでに満車状態だったが、ちょうど一台出て行くところだったのでそこに停めて、早速山頂を目指して歩きだした。
 少し歩くと金山城の石碑が見えてきた。 その石碑の前ではガイド係の人が、 観光客に金山城の説明をしていたが、のんびりとガイドの説明を聞いている時間などなかったので、もちろんそれはスルー・・・、 といきたかったところだが、ちょうど私の手前で観光客たちへの説明が終わり、こちらに話しかけてきた。  私は「しまった」と思いつつ、テキトーに返事をして通り過ぎようとしたが、 ちょうどそこに小学生とその父親の親子連れが通りがかり、その人の興味の矛先はその小学生に移ってしまった。  私は助かったと思いつつ、そそくさとその場を立ち去り、早歩きでスタンプが設置されている南曲輪を目指した。
 するとどうだろう・・・。  駐車場から徒歩で20分程度で南曲輪休憩施設に到着したのである。
 少し拍子抜けしたが、まずは施設内に設置されたスタンプを押印し、 20分程度とは言えかなりの早歩きで来たので汗をかいた私は、自販機でスポーツ飲料を買って飲みながら一休み。 山頂から見る町並みの景色は美しかった。  スポーツ飲料を飲み終えると私は、思ったよりも時間が余ったので、大手虎口の復元整備された素晴らしい石垣をゆっくりと見学し、 駐車場へ戻っていった。
 金山城は山城にしては、かなり整備されており、結果的には当初予想していたよりかなり短い所要時間で、十分満足のいく城址見学ができたように思う。

私は今回の旅行最後の目的地である、国宝・聖天堂有する歓喜院へ車を走らせた。


訪問日&撮影日 2016年08月14日

(※百名城スタンプ設置場所)
中島記念公園(史跡金山城跡・南曲輪)の休憩所内

@史跡金山城跡の石碑

金山山上の西城にある山頂に最も近い駐車場から徒歩ですぐの場所にある史跡金山城の石碑


A物見台下虎口

両脇を石垣で囲む。 門があったとされる。


B竪堀

竪堀の両脇は石垣でかためられ、物見台下土橋からそこまでの間には石敷の通路があったことが発見された。


C月の池

直径約4mの大きな井戸


D南曲輪の休憩施設

100名城スタンプ設置場所。 自販機もあり、ゆっくりと休憩ができた。


E休憩施設からの眺め

晴れた日には富士山も見えるのだとか。


F金山城跡地形模型


G日の池

石垣で復元整備された池。 対になる月の池があることから、祭祀的な場であった可能性があるのだという。


H大手虎口南上段曲輪

平成4年から行われた発掘調査結果に基づいて復元された。 石垣の下部には当時の石垣もあるのだという。


I本城西端

交通アクセス

東武伊勢崎線「太田」駅から徒歩約50分

駐車場 有

100名城巡りドライブ難易度 (★★★)

(★1つ)非常に易しい
(★2つ)易しい
(★3つ)ふつう
(★4つ)難しい
(★5つ)非常に難しい

おすすめアクセス方法
専用無料駐車場があるので、自動車によるアクセスがおすすめ。 道路も整備されており、 ほとんどの場所が対向車と離合可能である。
住所
〒373-0027 群馬県太田市金山町40-98ほか

地図中の17番

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